結局は野次馬でしかないんだな、と実感。
ブログなどで事件記事などの話で、妙な正義感というか教訓じみた説教っぽい話というか、まぁそういうくさい話が出てくることががあるのは、書いてる本人がいち傍観者であることを自覚でなしに、当事者とも違い傍観者とも違う、変に特別なシロモノという立場と思い込んで書いてるときかもな、と思った。
結局は当事者と野次馬でしかないのに、それを特別な視点で書いてるものと勘違いする、そんな感じとか。
#と、書いてるこの文も、そういった記事書いてる相手の野次馬(←予防線)。
最終的にはその発信する情報との立ち位置の問題というか、向き合う度合というか、そういうものにどれだけ自分が覚悟を決められるか、になると思うけども。少なくても発信することに悩むくらいならば、やらないほうがいいと思う。
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